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「QuinRose」
現代の国のアリス(現代パラレル)

番外編 Bitter WhiteDay3

 ←番外編 Bitter WhiteDay2 →年下カレシ その1(少年グレイ×アリス、ifストーリー)
 誰かに執着したこともなければ、恋なんてしたこともなかった。

 俺は猫だから。そういう感情とは無縁で。
 気の赴くまま、好きなものを思いっきり楽しんで、飽きたらそこで終わり。どんなところに住んだって、引越しがある度にすぐ放り出される。それでもどこだって暮らしていけたし、どこへだって行けた。
 基本的には一人で行動して、気が向いたときだけ、気の合う奴らとわいわい遊んで。
 ・・・・・・・そういうのでいいと思ってたし、そうでありたかった。縛られるのなんて御免だったから、一人でいる方がずっといいなんて思ってもいた。

 傍にいなくて寂しいと感じる気持ちも、めちゃくちゃに甘やかしてやりたいと願う優しい感情も、抑えのきかない執着心も・・・・・・アリスと出会うまで、知りもしなかった。

 こんなのカッコ悪い。俺らしくない。調子が狂いすぎていて、自分を見失いそうだ。
 縛られるのも振り回されるのも嫌いなのに、その元凶であるアリスを嫌えない。離れようとも、もう思えなくなってしまった。深入りする前に、なんて・・・・・・今更手遅れだった。
 だって、彼女に会えないだけで。彼女に振り向いてもらえないだけで。



 ・・・・・・こんなにもサビシイ。



 手の平に落ちた冷たい雫に、ボリスは物思いを止めた。
 冷たいシャワーを浴びた後、そのままろくに拭きもしなかった前髪から、雫が滴り落ちそうになっている。肩にかけたままだったタオルで、乱雑にそれを拭う。
 夜はまだ明けない。すっかり慣れ始めた仮の「自室」は、薄闇と静かな沈黙が流れている。
 思えば、この世界に来てから結構な時間が経った気がする。自分達の世界とは違い、「時間」が正しく流れる不思議な世界。夜が明ければ朝が来て、それはやがて赤い夕焼けとなり・・・・・また夜がやってくる。どの住人達にも顔があり、アリスと同じ心臓があって、自分の意思で動いていく。

(俺たちとは・・・・・・・違う・・・・・・・・)

 ふと思い出して、小さな影が丸くなるベッドへと近づく。
 シーツに包まったまま深く眠るアリスを起こさないように、そっとベッドへと腰を下ろす。額に流れる髪を払ってやろうと手を伸ばし、ボリスはそのまま動きを止めた。
 最近は、いつもそうだ。アリスに優しく触れることを躊躇ってしまう。以前はあんなにも優しくしていたいと、甘やかしてあげたいと・・・・・・嫌われないようにしたいと、気をつけていたくせに。
 今のボリスは、乱暴に、奪うように触れることしか、できなくなってしまった。
 力なく手が落ちる。彼女に触れることもしないまま、行き場をなくした手を握り締めた。手の平に食い込む痛みさえ、気にならない。食い入るように、ボリスは青白いアリスの顔を見つめた。

 アリスをこの部屋に閉じ込めて3日。
 彼女は痩せた。見せる表情が日に日に虚ろになり、初めのうちは抵抗していた力もなくなった。

 気丈な彼女が弱っていく姿を愛おしいと、アリスの瞳が彼だけを映すことが幸せだと、そんな昏い感情がボリスを動かしていた。
 自分なしでは、アリスは生きられないのだ。ボリスが見放した瞬間に、閉じ込められた彼女には何もなくなる。餓えて衰弱して・・・・・・その心臓を止めるのだろう。
 それは、狂喜に満ちた、それでいてとても甘い誘惑。

 ・・・・・・その一方で、どうしようもなく空しくなっていった。
 アリスにそんな顔をさせたいわけではなかった。苦しませたいわけでもなかったし、傷つけたいわけでもなかった。本当は、守ってあげたいといつだって思っていたのだ。
 怒った顔、楽しそうに笑う顔、泣き出しそうなのを堪えている顔、うじうじと悩んでいる顔、はにかんで照れる顔・・・・・・・アリスのいろんな表情が、ボリスは好きだった。


 どうして、こうなったのだろう。


 もどかしい気持ちにイライラする。こんなの自分らしくない。何にも捕らわれず、何にも執着せず、「自分」の気の向くまま思うまま・・・・・・それがチェシャ猫だったはずなのに。
 迷わないはずなのに、迷っている。
 どこにでも行けるはずだったのに、どこにも行けない。不思議と動くことができない。
 ・・・・・・居場所がない、という事実。それをこんなに怖く感じたのは、ボリスにとって初めてだった。


「・・・・・っち、こういう時にどいつもこいつも・・・・・・・」


 呟くと同時に取り出した愛用の銃を向けるより早く、冷たく固いものがボリスの後頭部に突きつけられる。
 それが何かをわかっていて、構わずボリスはゆっくりと顔を向けた。マシンガンの銃口を冷ややかに向け、気だるそうな態度でボリスを見下ろす男は、口元だけをナナメに釣り上げた。

「やあ、おチビさん。随分と楽しそうなことをしているじゃないか?だが、ノラ猫の戯れにしては少々度を越してしまったようだな・・・・・?少し厳しく躾けておいた方がよさそうだ」
「・・・・・・アリスを助けにきたってわけ、帽子屋さん?わざわざ自分から死ににくるなんて、物好きだね」
「虚勢は張らないことだな。私達の世界ではいざ知らず、この世界では時は正常に流れている。時を進めたり戻したりすることが難しい・・・・・気付いているだろう?おチビさんが銃を構えるより早く、私はそのピンク色の頭に風穴を開けることができる。正確に、外すことなく、な」
「・・・・・・」
「ふふ、猫は賢くて助かるよ。では、一度外へ出ようか。ここでやりあったら、お嬢さんを起こしてしまう」

 意味深に瞳を細めたブラッドに、ボリスは一度だけ後ろのアリスを振り返った。
 何も知らずに眠る少女は、普段よりもずっと幼く見える。
 無意識に、ボリスは柔らかく微笑んでいた。夢だとナイトメアがいるから素直に喜べないけれど・・・・・・夢も見ずに眠っている時くらい、何も考えず、ただ彼女が少しくらい幸せな気持ちになっていればいい。苦しんでいなければいい。

 「ごめんな」と、声を出さずに唇だけを動かす。
 伝わらないと知っていても、言っておきたかった。

 次にブラッドを振り返ったボリスは、挑発的に笑ってみせ、そのまま大人しく立ち上がった。
 その場を後にする際、ブラッドはちらりとベッドの上に残されたものを一瞥した。眠るアリスの近くに置かれた小さな金属。ボリスがそっと、離れる前に置いていったもの。
 ・・・・・・面倒くさそうな溜息だけをついて、ブラッドは興味を失くしたようにドアを閉めた。





 明け方前の春先の空気は、しんと冷えていた。
 波の音が響くのみの夜の海岸で、ブラッドとボリスは向かい合った。マシンガンの銃口は、真っ直ぐにボリスの時計へと向けられている。

「ナイトメアが繋げた、現代とかいう世界。私達にとっては異質な世界だ。時は正常に流れ、四季も正常に廻り、土地は安定している。壊れたり汚れたりしたものは戻らず、時間が経てば跡形もなく怪我が治るようなことも滅多にない。誰もが役割やゲームなどなくても生きていくことができ、代えはきかない。弱くて存在が無意味であるような奴らでさえ、ここでは代えのきかない存在として生きていることを許される」
「・・・・・・?」
「正常に流れる時間の中で暮らしていれば、狂った時間である私達にも少なからずの影響はあるのも当然だろう。時を戻したり進めたり・・・・・・私達がいた世界では当たり前にできていたことが、この世界ではとても難しいことだ」
「・・・・・・今日は随分しゃべるね、帽子屋さん。それが、何だって言うの?」

 何が言いたいのかわからず、ボリスは警戒心もあらわに眉を顰める。
 そんなこと、とっくに気が付いていた。この世界の時間は正常に流れているせいか、思い通りに動かすことができない。
 ・・・・・・多分、このまま現代で過ごし続ければ、いずれこうした時間の操作もできなくなるだろう。
 撃たれればすぐに死んでしまうような・・・・・・・弱々しい「役なし」並の存在になる。

「・・・・・・だが、「役」に付随する能力は変わらないようだ。ナイトメアは相変わらず自由に夢に出入りしたり浮いたりできるようだし・・・・・・・君も、チェシャ猫特有の空間を繋げる能力は健在だろう?一番望むところへ連れて行くドアがなくとも、君だけは好きなところへ行ける・・・・・・この世界であっても」
「ああ、そうみたいだね」
「癪だと思わないか?結局のところ、私達の存在など「役」がなければ何の意味もないのだと、わかりきったことをいちいち突きつけられているようだ。非常に不愉快だな・・・・・・この世界は確かに面白いが、それと同時にとても腹の立つ世界だ」

 役がなければ、意味がない。

 それこそ今更だ。当たり前すぎて、もはや何の感慨もボリスには湧かなかった。
 自分達は無意味な存在で、時計と役があって初めて意味を持つ。嫌がろうがなんだろうが、役割から逃れることはできない。与えられた役から外れたところで、待っているのは死ぬよりも憐れな結末だけだ。
 そんな当たり前のことをブラッドが理解していないとは思わない。彼が役を外れたいと積極的に思っているわけでもないことだって知っている。


「どんなに足掻こうと、決してアリスと同じものになれない」
「!?」


 見透かされたような気持ちがして、ボリスは息を飲んだ。
 ずきりと胸の辺りが痛むのは、ナイトメアにやられた傷のせいだろうか。痛みが、何かどろりとした感情を引き出す。足元が見えなくなるような・・・・・・・不安。

「・・・・・・そう言われているみたいじゃないか?この世界はお嬢さんが暮らしていた世界とはまた違うらしいが、ほとんど同じと言ってもいい。決して馴染めない私達とは違い、お嬢さんだけはこの世界に当たり前のように迎えられている。私達とアリスは違う存在だと、クギをさされているようだ」

 銃を握ったままだった片手が、かたかたと震えた。
 違う存在だって、そんなこともわかっていたはずなのに。
 アリスは余所者だ。ボリス達とは違って、替えがきかなくて、役がなくても生きていける。同じものになれるはずもない。同じ視線に立つこともできない。理解しようと努力することはできても、彼女の価値観や考えを一緒に分かち合ってあげることもできない。
 わかっているくせにどうしてだろう、その事実に焦りを覚える。


 ――ボリスには関係ないでしょう!?


 不意にアリスの言葉が蘇る。
 あれがキッカケだった。あの言葉を耳にした瞬間、ボリスの中の何かが壊れた。
 多分、あの言葉よりずっと前に火種はくすぶっていて・・・・・・アリスは自ら、その引き金をひいてしまったのだ。
 あの時感じた感情の正体を、ボリスは今更気が付いた。


「本気で自分がアリスと同じものになれるとでも?憐れな猫だな。しょせん私達に意味などない・・・・・・アリスを変えることなど、できはしない」


 次の瞬間、ボリスは銃をブラッドに向けていた。
 波音に混じり、何発かの乾いた音が響き渡る。

 ――紅い花が、夜闇に散った。





 冷たい手に頬をなでられて、アリスの意識は覚醒した。
 薄っすらと開いた視線の先で、ぼやけた顔の男がこちらを覗き込んでいる。その瞳が見慣れた金色でないことに気が付き、アリスははっと飛び起きた。

「やあ、お嬢さん。目覚めの気分はどうだ?」
「ブラッド!?何でここに・・・・って、あ、あれ、手錠が外れてる・・・・・・」

 随分軽い片手に目をやると、そこには赤く擦れた痕が残っているだけだった。
 この3日間アリスを拘束していた金の手錠は、格子の先に鈍く煌いている。
 「随分刺激的な格好じゃないか」と性悪く耳元で囁かれ、大慌てで飛び退る。ぼうっとしている暇さえないのだから、相変わらず腹立たしい男だ。
 にまにまと観察するかのような無粋な笑みを向けるブラッドから逃れ、アリスは慌ててシーツをしっかり巻きつける。ベッド近くに落ちていたネグリジェを拾って布団の中で着替えながら、珍しく直接的なちょっかいを出してこないブラッドに声をかけた。

「ブラッドが手錠を外したの?あれ、壊したようには見えないんだけど・・・・・・」
「鍵を使ったからね。おチビさんが、ご丁寧にも君の傍に置いていったんだ。君が目覚めたとき、それをつかって自力で逃げるだろうとでも思ったのか・・・・・・あるいは私がここに戻ってくることを予想して、わざわざ置いていったのか」

 アリスは思わず手を止め、慌ててベッドの上へと這い出した。髪は乱れたままだし、慌ててきたネグリジェの裾が少し捲くりあがりかけていたが、そんなことを気にしている場合じゃない。
 ボリスが鍵を置いていった、とブラッドは言った。
 この部屋にアリスを閉じ込めた張本人が、わざわざ逃げるための手段を残していった、なんて。
 嫌な予感がした。



「ねえ・・・・・・ボリスは?ボリスは、どこ?」



 声が掠れるのは、寝起きだからじゃない。
 体がどうしようもなく震えるのは、寒いからなんかじゃない。

 すがるようなアリスの眼差しに返されたのは、静かな笑みだった。
 ブラッドは何も言わない。ただ・・・・・・彼の近くから、薔薇の香りに混じって・・・・・・硝煙と血の匂いがした。


「嘘・・・・・・でしょう?」


 力なく落ちた手の平から、ペアブレスレットが零れ落ちた。
 ナイトメアから渡されて、ずっと握り締めていたそれが、シーツの上で静かに輝く。作り物の二匹の猫は、幸せそうに寄り添っている。

「どうした、お嬢さん。君が悲しむ必要などないだろう。あの猫は君を傷つけた。同情する価値もない。それにあのおチビさんの代えなどいくらでも・・・・・・・」
「・・・・・っ、ボリスの代わりになんて誰にもなれないわっ!!!!」

 思わずアリスは叫んで、肩へと伸ばされたブラッドの手を払っていた。
 たとえ次の「チェシャ猫」が現れたところで、それはボリスではない別人だ。アリスが好きになった「彼」ではない。
 目の前がじんわりと熱くなる。突然の展開に頭がついていかず、混乱する。信じられない。ボリスがいなくなってしまっただなんて・・・・・・信じたくない。


「わ、たし・・・・・・何も伝えてない。結局、ボリスに何も言えてないのよ・・・・・・?ごめんなさいも・・・・・・・好きだって気持ちも・・・・・・・」


 ぼろぼろと零れた涙が、アリスの頬を伝ってシーツに吸い込まれる。
 ベッドの上に転がったブレスレットにも、その雫がいくつか落ちる。応える声はない。言葉を伝えたかった人は、ここにいない。
 主のいない、扉の開かれた鳥籠。
 白み始めた空の光が差し込むその真ん中で、少女の嗚咽だけが響く。

「この世界は、私達を少しおかしくさせる」

 しばらくの沈黙の後、不意にかけられた声にアリスは顔をあげた。
 伸ばされた手が、そっと瞳を拭う。この世界にいるブラッドは、手袋をしていない。変な帽子も被っていない。そしてアリスに労わるように触れる指は、冷たくも優しい。
 普通の人みたいだ・・・・・・なんて言ったら、彼はどんな顔をするのだろう。

「狂ったやつらに、正常なんてものは少々居心地が悪くてね。誰も彼もが少なからず、おかしくなっているんだ。この現代という世界は・・・・・・サーカスみたいなものだ。夢のような一時の時間。誰もが狂わされるが、過ぎれば何もなかったかのように忘れる。いずれ終わりはくる・・・・・・・終わってしまえば、それまでだ」
「・・・・・・サーカス?」
「アリス・・・・・君は・・・・・・・忘れる時間を、それでも大切に思うと言うのか?無意味な存在を愛おしいと言えるか?君を傷つけた男を・・・・・・許せるのか?」

 真っ直ぐに問いかけられた言葉に、アリスは一瞬押し黙る。
 言っていることがイマイチわからないけれど・・・・・・ボリスを許せるのかということなら、答えは簡単だ。


「・・・・・・許せるわ。だって好きなんだもの。どんなにひどいことされたって・・・・・結局、私はボリスが好き。無意味なんかじゃないわ。ボリスは私にとって特別なの。私にとってのボリスは・・・・・・私をこの部屋に閉じ込めて、そのくせたまに泣き出しそうな目で見つめてくる・・・・・・寂しがり屋の、猫だけよ」


 口にしたら、すんなり言葉になった。
 今まで言えなかったことが不思議なほどに、それはアリスの口から零れ出る。
 無意味なんて、そんな悲しいこと言わないで欲しい。この気持ちだけは忘れない。絶対に、忘れたくない。ボリスを愛おしく思った気持ちまで、無意味だと否定させはしない。

「そうか・・・・・・よかったな、おチビさん。どうやら君は随分とお嬢さんに気に入られているらしい」
「え・・・・・・・・?」

 ブラッドが扉の向こうへと声をかける。アリスは小さく息を呑んだ。
 扉は、少しだけ開いている。だけど何の返事もない。誰かの姿が見えるわけでもない。

 堪えきれず、アリスは慌ててベッドから降りた。三日ぶりに立ち上がった足が体を支えきれず、その場に派手に転んでしまったけれど、震える腕でなんとか這うようにしてドアへと近づく。
 うまく動かない体をもどかしく思いながら、ようやくアリスは扉の向こうを覗き込んだ。


「ボリス・・・・・・・・!!」
「・・・・・・・・・・・・・」


 ドアのすぐ脇の壁に寄りかかり、ボリスは座り込んでいた。
 アリスの顔を見た途端、ひどく罰の悪そうな顔で視線を逸らす。その体には、ナイトメアにつけられたのとは別の、いくつもの新しい傷がはっきりと見てとれた。
 疲れきっているのか、ボリスがその場から動く気配はない。血が服に滲んでひどい有様ではあったけれど、命に別状はないようだった。

 生きている。

 アリスはまた視界が揺らぎそうになるのを懸命に堪えた。
 嬉しい。ボリスが生きて目の前にいるだけで、こんなにも嬉しい。

「羨ましい猫だな。あともう数発くらい、撃ちこんでおいてやるべきだったか・・・・・・・」
「・・・・・・ボリスがこんなに怪我しているの、もしかしなくてもブラッドの仕業ね?」
「怒るな、お嬢さん。ナイトメアよりは手加減したさ。性質の悪い猫への仕置きをこれくらいで見逃してやったんだ。むしろ褒めてほしいくらいだな」
「あんたねえ・・・・・・・!!」

 いけしゃあしゃあと言い募る男を殴ってやりたい気持ちをぐっと堪える。体調が万全だったら、その足を思いっきり踏んでやるところだ。
 アリスは改めてボリスを見やる。
 ナイトメアにやられた傷も開いたのかもしれない。体力は消耗しているようだが、出血に反して怪我自体はそれほどひどくないように思う。だが、油断は禁物だ。アリスはぐっと唇を噛んだ。

「病院に連れて行かなきゃ・・・・・!!」
「それなら、私が手配しよう。この世界は、銃などご法度だろう?普通の病院に連れて行ったら、騒ぎになるだろうからな。面倒は避けたいところだ。いくつか、ツテがある。連絡してみよう」
「・・・・・・ブラッド、あんた本当に馴染んでるわよね。嫌な方向で」

 所謂闇医者にツテがあるとはどういう生活を現代でしているのか、知りたいような知りたくないような気分になる。今のブラッドはマフィアのボスなどという物騒な肩書きはないはずなのだが。
 携帯電話を片手に、ブラッドはにやりと笑った。本当に・・・・・・・悪役ぶるのが得意だ。

「・・・・・・ありがとう、ブラッド」
「退屈だったからな、暇つぶしだ。この世界に来て・・・・・・・私も少し調子が狂っていてね。なかなかいいストレス解消になったよ、おチビさん。銃を好きなように撃てるのは、やはり気分がいい」
「××××め・・・・・・・どうりでいたぶるような撃ち方を・・・・・・・」
「ふふふっ・・・・・・折角のお嬢さんへの贈り物を台無しにされた、ささやかな仕返しだと思えば安いだろう?よかったじゃないか、チェシャ猫。もしお嬢さんが君を必要ないと答えたら・・・・・・このまま、殺してやるつもりだった。命拾いしたな」

 ひらひらと片手を振って、ブラッドはその場から立ち去る。
 二人きりで残されたアリスとボリスは、一瞬顔を合わせる。先に顔を背けたのは、ボリスだった。その態度に、アリスも思わず俯く。
 ・・・・・・沈黙と重苦しい空気が、落ちた。


「さっきの話・・・・・本当?」


 こちらを振り向かないまま、ボリスがぽつりと呟く。
 途端にアリスの顔が赤くなる。先ほどはいっぱいいっぱいで思い至らなかったが、先ほどの告白はボリスに聞かれているのだ。
 ブラッドの嫌な笑顔がアリスの脳裏をよぎる。絶対にこうなるように仕組んだに違いない、あの気まぐれな男は。まったく何を考えているのかわからない。

「・・・・・・信じられない?」
「・・・・・・うん。やっぱり、同情してんのかなとか・・・・・・思ってる。アリスが、俺のこと、その・・・・・・・・・・・そんな都合いい話、信じられないかも」

 彼にしては歯切れ悪く伝えられる言葉に、不思議とアリスの頭が冷静になっていく。
 いつもなら、ここで後ろ向きに落ち込んでいたかもしれない。やっぱり今更信じてもらえないのだと、うじうじと悩んで、またループしていた。

 ・・・・・・・だけど、今のアリスは、そうやって落ち込むよりも先に別の強い感情が先行していた。

 つい先ほど、伝えられない後悔を感じたばかりだ。いつ別れがあるのかなど、誰にも予想がつかない。
 失って後悔したってもう遅いということ、嫌というほど知っている。
 アリスは勢いよく手を伸ばすと、ボリスの顔を両手でしっかりと掴んだ。
 驚いて目をまるくするその唇に、自らのそれを重ねる。そっと舌を差し出して、柔らかく絡める。口の中を切っているのか、ボリスとのキスは血の味がした。


「・・・・・・・・信じてよっ!!」


 呆然としたままの猫を至近距離で睨みつける。
 やたらとぼやけた表情と、彼の頬へと落ちた雫に、アリスは自分がまた泣いていることに気が付く。近頃涙腺がガタ緩みだ。こんなに弱く泣いてばかりの女じゃなかったつもりなのに。
 だけどそれでもいい。泣いて伝わるのなら、いくらでも泣いてみせる。

 信じられないというなら、信じてもらえばいい。簡単なようでいて、でもアリスにとっては難しいこと。それでも・・・・・・伝わってほしいという気持ちの方が強い。
 否定しないでほしかった。ボリスが好きだという、胸の中にある確かな気持ちを。



「好き、大好き・・・・・・ボリスだけが、好きなの・・・・・・信じて・・・・・・」



 ぎゅっと傷だらけの体を抱きしめる。
 泣きすぎて頭痛がする。それでも涙は止まらなくて、アリスは彼にすがりついて泣き続ける。
 ボリスがどんな表情をしているか、アリスにはわからない。彼はしばらく何も言わず、ぴくりとも動こうとしなかった。


「・・・・・・・ねえ、アリス。触れても、いい・・・・・・?」


 ぽつ、っと。
 まるで涙のように落とされた小さな呟きに、アリスは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。ひどく不安そうな猫の瞳が揺れていた。脅えたようにアリスの言葉を待つその表情に、どうしようもない愛おしさがこみ上げる。

 こくりとアリスは頷いた。

 ボリスの手が恐る恐るアリスの頬へ伸ばされる。触れた瞬間、一度だけびくりと震えた指先に、アリスは気付かないフリをした。
 温もりを確かめるように触れるその手は、とても冷たい。


「・・・・・・・抱きしめて、いい?」
「うん」


 迷わず頷いたアリスに後押しされるように、今度は伸ばされた両腕がゆっくりとアリスの背中に回る。
 遠慮がちに引き寄せるその胸に頭を預けると、規則正しい時計の音が聞こえた。指先に反して、ボリスの体は温かい。ちゃんと生きているという実感が、体を満たす。そっと微笑み、アリスもボリスの背中を抱きしめた。



「・・・・・・・・キス、しても・・・・・・いい?」
「・・・・・・・うん」



 そっとボリスの顔が近づく。
 静かにアリスが瞳を閉じるのと同時に、柔らかい温もりが重なる。
 ・・・・・・こんなに優しいキス、他にはない。


「・・・・・・俺、怖かったんだ・・・・・・」


 柔らかく触れた唇を離し、ボリスはこつんと額を合わせた。
 小さく彼の吐息が震える。言おうか言うまいか迷っているような、そんな逡巡を感じる。
 アリスはそっとその背中を撫でた。泣いている子供をあやすような動きに、ボリスが小さく苦笑を零す。今度は額に優しいキスが降りた。

「この世界は・・・・・・役割がなくても生きていける奴らばかりだ。基本的に無意味な存在の俺達とは違う・・・・・・中身がある。羨ましかった。だって、この世界のやつらは誰も彼もが代えのきかないものを持っている・・・・・・・同じものになれない俺じゃなくて、アリスはいつか、この世界のやつを選んでしまうんじゃないかって。誰かに取られちゃいそうで、怖くなった。カッコ悪い・・・・・けどさ」

 ボリスらしくない言葉に、ナイトメアやブラッドの言っていたことを思い出す。
 怖がっているのだと、言っていた。この世界は誰も彼もおかしくさせると、言っていた。
 事実、今のボリスはまるで・・・・・・・迷子になってしまったみたいだ。
 慣れない迷子になってしまって、どうしようもなく怖がって・・・・・・近づいてきた人を思わず引っかいてしまうような、脅えた猫。

「役に立てなきゃ、何の意味もないって思った。アリスにとって便利な存在じゃなきゃ、アリスを楽しませてあげられる存在じゃなきゃ・・・・・・俺には、あんたを繋ぎとめることなんてきっとできない。だけど焦れば焦るほど、よくわかんなくなって・・・・・あんたが大切で、好きになるほどどうしたらいいかわかんなくなった」
「私はボリスのこと、便利だから好きになったわけじゃないわ」
「うん・・・・・・でも俺は、あんたに便利だと思われる存在になって、傍においてもらいたかったんだよ。だから・・・・・・・だから、俺には関係ないって言われた時、突き放されたみたいで・・・・・・・俺なんて必要ないって言われたみたいで、寂しかった・・・・・・・」

 アリスは目を丸くした。
 三日前に、咄嗟に口に出してしまった言葉。知らなかった。まさかあの言葉が、ボリスをそんなにも追い詰めたなんて・・・・・・傷つけた、なんて。

「寂しくて・・・・・・・もう、アリスに必要とされないなら、俺はアリスと離れなきゃいけないのかなって・・・・・・そう思ったら、怖くなった。あんたと離れたくないって、そんなの嫌だって・・・・・目の前が真っ暗になった。そうなるくらいなら、嫌われた方がマシだ・・・・・・アリスの気持ちなんて関係なく、縛り付けちゃえばいい。逃がさないように閉じ込めたら、あんたは俺から逃げられない」

 昏い感情を滲ませるボリスを遮るように、アリスはその頭を抱え込むように抱きしめる。
 ふわふわと優しい手触りの髪をなで、もういいのだと首を振った。
 そんなに傷つかないでほしい。怖いと思う心に負けてしまったことを責めるつもりなど、アリスにはない。


「・・・・・・・ごめんな、アリス。ごめん・・・・・・ひどいことして、ごめん・・・・・・」
「私も・・・・・ごめんなさい。本当はもっとずっと前からボリスのこと、大切に思っていたのに・・・・・・言えなかったの。認めたくなかった。恋なんてしたくないって、逃げてばかりいた」
「ははっ・・・・・・変なの。二人して謝りあっているなんて・・・・・・なんか本当、馬鹿みたいだよな」


 そう言って顔をあげたボリスは、笑顔を浮かべていた。
 やっと見れた彼らしい表情に、アリスもつられて笑う。随分な遠回りをした気がする。ややこしく捩れて・・・・・本当はもっといい方法もあっただろうに。
 二人して不器用なことだと、今なら少し笑ってしまえるような気がした。

「ねえ、アリス・・・・・・・もう一回言って?俺のこと、どう思ってる」
「・・・・・・私、言葉の安売りはしない主義なのよ」
「いいじゃん、お願い!!聞かせて・・・・・・・・・聞きたいんだ」

 甘えるような鼻先へのキス。
 アリスは軽く睨んでみせたが、ボリスは笑ったまま彼女の言葉を待っている。調子のいい猫に少し呆れつつ・・・・・・・それでもその瞳がまだ少し不安そうだったから、アリスは想いを込めて唇を開いた。


「・・・・・・好きよ、ボリス。あなたの代わりなんて、いないわ」
「・・・・・・・・・・・・・うん」


 窓から差し込み始めた朝日が、ボリスの顔を照らす。
 あまりにも幸せそうな・・・・・・・・・・・綺麗な笑顔に、アリスは見惚れた。
 こんな顔で笑うこともできるのだと、初めて知った。



「俺も・・・・・・・・・アリスだけ、だよ・・・・・・愛してる」



 ゆっくりと近づいた唇を素直に受け入れる。
 ようやく上った朝焼けが、誓いのキスを祝福していた。





 数週間後、仲良く手を繋いでデートをする一組のカップルの姿があった。

 繋いだ二つの手の真ん中、左右にひとつずつぶら下がったペアの猫。

 寄り添う猫の真ん中に、優しいハートが揺れていた。





End.
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