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「QuinRose」
現代の国のアリス(現代パラレル)

番外編 Bitter WhiteDay2

 ←番外編 Bitter WhiteDay1(ボリアリ、シリアス) →番外編 Bitter WhiteDay3
 ひりつく痛みに身じろぐと、冷えた金属の音が響いた。
 首を動かすことも億劫で、視線だけを動かす。無造作に上へと投げ出された右手に、金色の手錠が見える。ベッドのすぐ脇にある窓の格子と繋がって、彼女が少し腕を動かすたびにチャリという音を返す。

 手錠に擦れて赤くなった手首が、痛い。
 けれどそれ以上に、体全体がだるい。
 何かを考えようにも思考はひどく曖昧で、アリスはシーツに顔を埋める。

 どうしてこんなことになったんだろうという心の呟きが聞こえたけれど、それを深く考える力など残されてはいなかった。
 とにかく疲れた。心も、体も。
 大きく息を吸い込むと、今まで感じなかった「自分ではない人の香り」に気が付く。随分と長いことこの部屋にいるから、忘れかけてしまっていたけれど・・・・・・ふとした瞬間に思い出す。
 この部屋の主のこと。アリスを閉じ込めた張本人のこと。

 朦朧としていた意識の彼方で、微かな音が聞こえる。
 引いて寄せて、規則的な音。時計の音とはまた違う、それでも穏やかに繰り返す波。
 まるで子守唄のようだと思う。優しくて、静かで・・・・・・どこか哀しい。


『お魚取り放題の立地条件!!すぐそこが海なんだぜ。おまけに改造しても怒られない!』


 現代というまた一風変わった世界に飛ばされた後でも、彼は変わらなかった。いつも通りに飄々として、とっとと新しい住処まで見つけてきた。
 すっかり使われなくなった海近くのガレージをタダ同然で使わせてもらえるようになった、と言って。自分好みに改装して住むのが楽しいと笑っていた。もう少しいい感じに改装できたら、アリスも遊びにおいでと・・・・・明るい悪戯っ子の笑顔が、何だか遠くのことに思える。


「・・・・・・ボリス」


 かさついた唇から漏れた声は、ひどく弱々しく聞こえた。
 彼女の他には誰の気配も感じない部屋の中。
 窓から入る僅かな月光と海の子守唄に身をゆだねて、アリスはそっと目を閉じた。





「・・・・・・とりあえずは無事でよかったよ、アリス。だが少し痩せたかな」
「・・・・・・ナイトメア?」

 ひやりとした手に撫でられて、アリスはそこで初めて自分が夢の世界にいることに気が付いた。
 すっかりとお馴染みになった不思議な色彩の漂う世界。曖昧で、上か下かもわからない空間で、アリスは瞬きをしながらナイトメアを見つめ返す。
 夢で出会うナイトメアはいつもと同じ格好だ。時間の狂った世界で、夢を通して会っていた時と何も変わらない。眼帯に隠されていないグレーの瞳が、安堵したように優しい光を映していた。
 眠る前の疲労感は消えていた。夢の中だから当然と言えば当然だが、まともに思考回路が働くことに複雑な気持ちになる。考えたくないこと、目を背けていたいことが、目の前にあることを思い出してしまった。

「無事って何が?」
「3日間も行方不明になっていれば、さすがに心配するだろう。こういう時に限って、なかなか夢の中に君は姿を現さないし」
「3日・・・・・・そう、3日しか経っていなかったの。もっとずっと経っているかと思ったわ」

 時間の感覚なんて狂ってしまった。あの部屋にも窓はあったけれど、空の色を気にしている余裕なんて与えてもらえなかった。
 彼女が鮮明に覚えていることと言えば、怖いくらいに輝く肉食獣の金の瞳。
 優しさや愛情なんて忘れてしまったと言わんばかりの冷たい表情と、執拗に求められた行為だけ。
 ”彼”のこと以外、考えさせてはもらえないも同然だった。
 ・・・・・・それを少しだけありがたいと思ってしまう心が、我ながら醜くて嫌になる。彼を理由にして、結局は自分が答えから逃げているも同然なのだとアリスは気が付いていた。

 ふと目の前のナイトメアが押し黙る。
 ピリッと張り詰めた空気に、アリスは思わず顔をあげる。先ほどまで安堵したような表情だったナイトメアから、表情が消えていた。
 覗きこむように見つめる片目に、逃げられないと感じた。世界が変わろうとなんだろうと、ナイトメアの心を読む能力は健在だ。彼にはどんな隠し事だってできやしない。

「白ウサギなんて、半狂乱になって探しているぞ?他の役持ちも皆、君を心配して情報を集めたりと動き出している。・・・・・・ただ一人を除いて」
「・・・・・・・・ナイトメア」
「勘のいいやつは、すでに気が付いているよ。チェシャ猫が・・・・・・・君を捕らえていることに」
「違う、違うのよナイトメア!!ボリスは悪くないわ・・・・・・・」
「違わないよ、アリス。手錠をつけて女性を自室に捕らえている時点で、何が違うと言うんだ。別に君だって、閉じ込められていたいと望んでいるわけじゃないだろう。そんなに弱っているくせに、見栄なんて張るな。
 あれはチェシャ猫のエゴであって、君を思いやったわけでも何でもない。ただ自分のためだけに、君を閉じ込めているだけだ。君が罪悪感を感じる理由がどこにある?」

 アリスは押し黙って、俯いた。
 ナイトメアにはバレている。ボリスがアリスに何をしたかとか、どうしてこういうことになったのだとか、恐らくは読まれてしまっている。
 確かに、アリスにはボリスを詰る権利はあるのかもしれない。二人の関係は恋人同士でもないし、理不尽だと言ってしまうこともできる。それだけひどいことをされたという自覚も、多少ある。

 それでも、一方的に責めることなんてできない。
 ボリスを追い詰めたのは、アリスなのだから。

 向けられる好意に気が付かないほど鈍かったなどと言ったりしない。余所者という存在に対する興味や好意以上の気持ちに、気付かなかったわけではないのだ。そして、自分の気持ちも同じこと。
 アリスにとって、ボリスが段々と特別な存在になってきていたことだって、本当はうっすらと感じていたのに。
 何だかんだと逃げてきたのは、アリス自身だ。
 自分の気持ちにもボリスの気持ちにも、見ないフリをして。ずっと誤魔化してきた結果が、これだった。


(そんなの、自業自得でしょう?だったらこうなってしまったのは、逃げ続けてきた私への罰だわ)


 ・・・・・・ボリスは前のように、笑ってくれなくなった。アリスの言葉に耳を貸さなくなってしまった。
 もうアリスの気持ちなんて考えてあげない、と。そう冷たく言い捨てたボリスの言葉が耳に残っている。
 嫌われても別にいいだなんて。どう思われていようと関係ないだなんて。ボリスにそう言わせてしまう前に、アリスが自分の気持ちに気がつければよかったのに。
 逃げることをやめて、真っ直ぐに向かえあえたなら。
 「好きだ」と伝えてあげることができたなら。
 多分、こんなことにもならなかったはずだろう。


「・・・・・・君は、」


 何か言いかけたナイトメアの言葉は、突然響いた銃声にかき消された。
 最近はすっかり聞くことのなかった音に、アリスは一瞬身をすくめる。彼女を庇うようにナイトメアが正面に立つ。その視線の先を辿り、アリスは思わず息を呑んだ。

「ちぇ、やっぱダメか。ここが現実なら、その頭に風穴開けてやれたって言うのにさ」
「おいおい、いきなり随分なご挨拶じゃないかチェシャ猫。アリスに当たったらどうするつもりだ」
「俺がそんなヘマするとでも?」

 銃口をナイトメアに向け、その場に姿を現したボリスは口元に冷酷な笑みを浮かべた。
 飄々とした口調とは裏腹に、金色の瞳は鋭い。


「・・・・・・アリス」


 すっと猫の瞳が、ナイトメアの背中から覗いていたアリスへと向けられる。
 呼びかけられた声の冷たさと感情の読めない視線に、アリスは思わず固まった。背中を冷たい汗が流れる。目を逸らしたいのに、射すくめるような金に絡め取られる。呼吸がうまくできなくて、何度か口を小さく動かした。

「おいで、帰るよ。言い訳、あるなら後で聞いてあげてもいいけど?」
「・・・・・っ、ぼ、りす・・・・・・」
「あんたも物好きだよね。あれだけ他の男と一緒にいたらどうなるか、教えてあげたっていうのにさ・・・・・・こんなところで逢引なんて。俺を出し抜けるとでも思ったの?ああ、それとも・・・・・・オシオキされたかったとか?」
「・・・・・・いい加減にしろ、チェシャ猫」

 軽蔑するかのような冷たい言葉を遮ったナイトメアの口調は、それ以上に冷たく固いものだった。
 現実世界で仕事や病院が嫌いだとダダをこねまくっている、情けなくも優しい「ナイトメア」とは違う。誰からも恐れられる夢の支配者・・・・・・「夢魔」そのもの。

「彼女をこれ以上傷つけるようなら、私も黙ってはいないぞ」
「へえ・・・・・・?」

 すっとボリスが瞳を細めるのと同時に、連続した破裂音が響き渡る。
 ナイトメアは身動きひとつしなかったが、ボリスは構わず何発もの弾丸をナイトメアに向かって撃ち込む。その全てがあらぬ方向へと飛び去ったり、あるいは目の前で消えたりしたけれど、ボリスは全く構う様子はない。

「無駄だと知っているだろう。夢の世界では、私がルールだ」
「ああ、そうだね。だけど無駄だろうがなんだろうが、夢だろうがなんだろうが・・・・・・アリスが他の男と一緒にいるってだけで、ムカつくんだよ。相手を今すぐ消したいくらいに・・・・・・現実に戻ったら、背後には気をつけたほうがいいかもよ、夢魔さん?」
「ご親切な忠告、どうも。だが心配は無用だ」

 ナイトメアがそう言うや否や、吹き抜けるような風の音が響いた。
 見えない風の塊に叩きつけられたように、ボリスが後ろに吹き飛ばされる。背中から倒れるようなことはなかったが、その場に膝を着いたボリスは激しく咳き込んでいた。


「ぐっ、げほ・・・・・っ!!」
「今、ここでは私の方が強いからな。現実で消されてしまう前に・・・・・・・私の方が、先に消してしまうことだってできる」
「ナイトメア!?」


 灰色の隻眼がひどく冷たい色を宿していて、アリスは慌ててその腕を掴んだ。
 ナイトメアは振り返らない。見に纏った冷酷な空気も変わらない。ミステリアスでどこか怖いと初対面の時に思ったのは、間違いじゃなかったのだと今更思い知る。
 今そこにいるのは、ナイトメアじゃない。
 夢魔、だ。
 嫌な予感だけが増していって、耳元でうるさいくらいに鼓動が鳴り響く。
 荒く息をしながらボリスが顔を上げた。乱暴に口元を拭うその手についた紅に、ぐらぐらと視界が揺れた。


(やめて・・・・・・・お願い、やめてよナイトメア!!ボリスを殺すなんて、絶対にダメ!!)


 ひりつく喉元から、叫びだしたい声は出ない。
 心の声は、ナイトメアに聞こえているのだろうか。彼は表情ひとつ変えはしない。ナイトメアの腕を掴んでいる手が、カタカタと震えるのがアリスにもわかった。

 再び、風の吹きすさぶ音が響き渡る。
 今度は音だけではなく、すさまじい風圧も感じた。髪が、服が、風に煽られて激しくはためく。

 目を開けていられなくて、咄嗟にアリスは瞳を閉じた。
 耳元で鳴り響く轟音に、本能的な恐怖を覚える。何かにしがみついていないと吹き飛ばされそうなほどの風が、夢の世界を揺らしている。
 ほんの数秒だったかもしれないし、もっとずっと長い時間だったかもしれない。風がやみ、静けさが再び戻ってきた時、アリスはすぐに目を開けることができなかった。
 目を開けた先には、何が待っているのか怖かった。ボリスが流していた血の色が頭の隅にちらつき、怖くなる。ボリスが倒れている姿を思い浮かべて、絶望に震えそうになる。


「・・・・・・アリス、大丈夫だから目を開けてごらん」


 頭上から降ってきた声と、気遣うように肩を叩いた温もりは、思いのほか優しかった。
 聞きなれた口調に促され、そっと瞼を持ち上げる。まず目に入ったのは、穏やかな笑みを浮かべたナイトメアの顔だった。
 ゆっくりと視線をボリスがいたはずの場所へと向ける。
 そこには誰の姿もなかった。初めから誰もいなかったというように、夢の空間に存在するのは、アリスとナイトメアの二人だけだった。

「大丈夫、殺してはいない。強制的に夢から追い出しただけだ」
「・・・・・・そう」

 ほうっと安堵の息が零れる。一気に力が抜けて、アリスはその場に座り込んだ。心臓に悪すぎる。今更ながら涙が滲んできて、アリスはぐしぐしと目元を擦った。
 ナイトメアが目線を合わせるかのように屈みこみ、アリスを覗き込む。女の子の泣き顔を覗くなんて、紳士のすることじゃないわよと心の中で文句を言ってやると、妙に安心したような笑顔でナイトメアは笑った。

「・・・・・・ありがとう」
「別に礼を言われるようなことじゃないさ。私だって、殺すだのなんだのはあまり好きじゃない。それに、君があんなに殺さないでくれと必死で頼んでいるのに、無視できないだろう。チェシャ猫を殺したせいで君に嫌われるなんて、あまり嬉しくない展開だ」
「うん、よかった・・・・・・・本当に」
「・・・・・・・君は、チェシャ猫のことが好きなんだな」

 どこかしみじみとした口調で言われたことが一瞬理解できず、アリスは瞳を瞬かせる。
 苦笑を浮かべながら、ナイトメアはふわりと浮き上がった。まったく羨ましい猫め、と呟くのが微かに聞こえた。
 
「どんなにひどいことをされても、冷たくされても、君はチェシャ猫が好きなんだろう?君の気持ちはもう嫌というほど聞こえてくるぞ」
「なっ、か、勝手に読まないでくれる!?」
「読んでない、聞こえてくるんだ。それはもう鬱陶しいくらいにチェシャ猫への気持ちがダダ漏れだぞ、アリス。あんなことされたのに結局嫌いになれないだの、今更振り向いてほしいなんて贅沢すぎるよねだの、執着されることをどこか嬉しいと思ってしまうなんて重症かもだの、生きていてくれて本当によかっただの・・・・・・」
「いちいち口に出さないでよ!!」

 羞恥で真っ赤になったアリスに、ナイトメアが近づく。
 少し高い位置にある青白い顔が、そっと耳元に寄せられる。内緒話をするように、彼は唇を開いた。


「そんなにも好きなら、チェシャ猫に伝えてやればいいのに」
「え・・・・・・・?」
「好きだと、言ってやればいい」


 不意打ちの言葉に、アリスは沈黙した。
 今更?と心の中の声が返事を告げる。

 今更、どんな顔をして言えばいいというのだろう。

 アリスの気持ちなど知らないと乱暴に口付けられた瞬間、自覚してしまった愚かな恋心。
 もう伝えるには手遅れだ。今のボリスに、想いを伝えたところで、聞き入れてくれるかどうかもわからない。信じてもらえない気がするのだ。
 ぎゅっとアリスは両手を握り締めた。
 思いが伝わらないこと、伝えられないこと。それが苦しいことは、アリスも知っているはずだった。もう恋なんてこりごりだと思った苦い経験を、理解していたはずなのに。

(私は・・・・・・ボリスにも同じ思いをさせただけじゃなく、また同じようなことを繰り返している)

 学習しない自分に嫌気がさす。
 好きだと思った相手まで、辛い思いをさせておいて。そのくせ、好きだなんて言えるわけがない。

「・・・・・・相変わらず君は後ろ向きだなあ」
「しょうがないでしょ・・・・・・そういう性格だし、こればっかりは実際その通りだと思うもの」
「はあ・・・・・・本当なら、私がここまでしてやる義理はないんだが・・・・・・」

 なにやらぶつくさ言いながら、ナイトメアはアリスに右手を差し出した。
 その手の平に光るものに見覚えがある気がして、アリスはそれを手に取った。
 繊細な鎖が二つ。その先には、それぞれそっくりな形をした猫のチャームが揺れていた。

「ペアブレスレット、だな。その猫を二つくっつけてみると、寄り添う二匹のちょうど真ん中がハートの形になるだろう?カップルとかがよく一つずつ持っておくやつだ」
「可愛い・・・・・・」
「・・・・・・本人に言ってやるといいんじゃないか?それはホワイトデーの時、チェシャ猫が君にあげるつもりだったブレスレットだよ」

 その言葉にアリスはハッと顔をあげた。
 ホワイトデーで、ボリスに無残に潰されたプレゼントの箱。あの中から微かに見えた鎖を思い出す。
 拾いたかったけれど、あの後無理矢理ボリスにその場から連れ出され、彼の家へと連れ込まれて・・・・・・結局、そのままになってしまっていたのだ。
 手に取ったブレスレットをもう一度見つめる。
 仲良く寄り添った猫を、少し離してみる。二匹の間にあるハートが歪になって、どこか寂しげに見えた。


「チェシャ猫が一番怖いことは、君が離れていってしまうことだよ、アリス。やつはそれを一番恐れている」


 アリスの手を包み込むように、ナイトメアは彼女にしっかりとブレスレットを握らせる。
 普通の人よりひやりとした手が、誰よりも優しく感じる。不思議の世界の住人は、皆アリスに優しい。怖いところも残酷なところもたくさんあると知っていて、それでも愛おしいとアリスには思えるのだ。

「怖くて怖くて仕方がないんだ。君が他のやつを愛して、離れていってしまったら?自分の手の届かない場所に行ってしまったら?そうなってしまうくらいなら、怖がられても嫌われてでも、繋ぎとめておこう。閉じ込めてしまおう・・・・・と」

 一瞬、まるでそれがナイトメア自身の言葉であるかのように聞こえた。
 問いかけるようなアリスの視線に、灰色の隻眼が曖昧に微笑む。ゆっくりとその手がアリスの瞼に触れた。つられて瞳を閉じると同時に、強烈な睡魔がアリスを包み込む。


「・・・・・・・やつも、君が愛おしくて仕方がないんだよ。愛し方がわからなくて、どうしたらいいかわからなくて・・・・・・結局君を傷つけることしかできないでいる。そしてそんな自分に苛立っているんだ。
 随分とエゴに塗れた汚い猫だと言ってやることもできるが・・・・・・正直なところ、やつの気持ちもわからないではないんだ。だから、そんなには嫌えない」


 ナイトメアの声が遠ざかる。
 アリスの意識が夢の中へと落ちていく。いや、もしかしたら目が覚める前兆なのかもしれない。
 目が覚めたら何が待っているんだろうかと思うと、少しだけ怖くなる。
 アリスは握った手に力をこめた。手の平に確かに感じるブレスレットが、ほんの少しだけアリスを励ましてくれた。


 ――幸運を祈っているよ、アリス。どんな結末だろうと、最終的に君が幸せになれるよう・・・・・私も、そのためなら力を貸そう。


 最後に、ナイトメアがそう言って笑ってくれたような気がして。
 アリスは小さく、「ありがとう」と呟いた。





 息苦しいほどの圧迫感に包まれたまま、意識が浮上する。
 目を覚ましてまず気が付いたのは、誰かに抱きしめられているということだった。覚えのある香りに混じった血の匂いにハッとアリスは体を強張らせる。
 慌てて顔を上げたすぐ先に、無表情に彼女を見下ろす金の瞳があった。

「ボリス、あなた怪我は・・・・・・・・!?」
「夢魔さんと二人きりで、楽しかった?」

 アリスの声など聞こえていないかのように、ボリスは腕に力をこめる。
 呼吸も止められてしまうのではないかと思うほどの容赦のなさに、アリスは咄嗟にボリスを押しのけようと腕を動かすが、手錠に繋がれて右腕は不自然に引っ張られ、思ったように力は出ない。・・・・・・なにより、今のアリスにはほとんど体力は残されていなかった。

「・・・・・・これからは夢も見せないようにしないと。本当、どいつもこいつも油断ならなくて嫌になる。あんたも・・・・・・どうしたら、逃げても無駄だってわかってくれるのかな・・・・・?」
「っ・・・・・・・!!い、や、やだっ!!」
「別に、わざと逃がして捕まえるって言うのも面白そうではあるけど・・・・・・正直、今のあんたを逃がしちゃうと、イロイロ抑えがきかなくなりそうでさ・・・・・・これでも我慢してるんだぜ?」

 耳元で囁かれると同時に血が滲みそうなほど強く歯を立てられ、本能的な恐怖にアリスの背が震える。
 ひどく艶を含んで優しげなのに、怖い。
 獲物をなぶって弄んで、じわりじわり追い詰めているのだと、そうわかってしまう。


 ・・・・・・・怖い、けど。


 アリスは震える体を必死で押さえ込み、なけなしの体力を振り絞ってボリスの肩を掴んだ。途端、目の前の顔が痛みに歪む。

 ――今は、怖がっている場合なんかじゃない。

 思いがけず強い眼差しと口調を向けられて、ボリスが驚いたように目を見開く。
 そんな表情も久しぶりに見たなと思い、こんな時だというのにアリスはどこか安心した気持ちになった。あの日以来ずっとボリスは無表情か冷たい笑顔で、もう二度と以前のように笑ったり怒ったりしてくれないのかもしれないと・・・・・少しばかり思っていたのだ。
 ボリスと向かい合ったアリスの目は、いつもの彼女そのものだった。
 目を覚ます前はあんなにも考えることを放棄していた思考が、今は不思議なほどに冴え冴えとしている。指先ひとつ動かすことも億劫だった体をしっかりと起こし、ボリスのシャツを逃がさないとばかりに握り締める。

「いい加減にしてよ!!あんた怪我してるでしょ!?ナイトメアにさっき完全に負かされてたくせに、強がってないでよ!!」
「・・・・・・こんな傷、どうでも」
「どうでもよくない!!」

 僅かに体を離してすぐに気が付いた。ボタンの開いたシャツから覗く素肌には、痛々しい傷跡が薄闇の中でもハッキリとわかった。そこまでひどくはないが、出血もしているようだ。
 抱きしめられていた時に感じたボリスの熱は、きっと傷が熱を持ってしまっているからだろう。きちんとした手当てもしないで放っておくわけにはいかない。
 ナイトメアは確かに、ボリスの命は奪わなかった。だけど、攻撃を手加減したりもしなかった。・・・・・・もしかしたら、アリスが止めなければ、本気でボリスを殺してもいいと思っていたのかもしれない。


「ここはね、あなた達がいた狂った世界じゃないの!!時間はちゃんと規則的に流れているし、壊れたものは元に戻らない。放っておいても怪我は治らない。代わりなんて存在しないのよ!!死んだら・・・・・・死んじゃったら、どうする気なの!?」


 後半で声が震えた。泣きそうになるのを必死で堪え、アリスは唇をかみ締めてボリスを睨みつける。
 潤んだコバルトブルーの瞳から逃れるように、そっとボリスが視線を落とす。俯いた表情は、夜の闇にあいまってよく見えない。
 不意に、俯いたままの唇が小さく動く。

(・・・・・・え?)


 ――同じになんて、なれないよ。


 音にならなかったはずなのに。よく見えなかったはずなのに。
 どうしてか、アリスは確かに感じた。ボリスが呟いた、悲しそうな言葉を。

 次の瞬間、アリスの視界が反転した。
 右手に絡んだままの手錠が音を立て、引きつった痛みが走る。湿っているのか乾いているのかもわからないシーツと布団の感触を背中に感じる。


「ねえ、それは・・・・・・同情?」


 見上げた先にあるボリスの表情に、アリスは言葉を失った。

(なんで・・・・・・なんでそんな顔、してんのよ・・・・・・・)

 今にも泣き出してしまいそうな。
 捨てられた仔猫のように頼りなげで、不安そうで・・・・・・・悲しい顔。
 ベッドに押さえ込むように肩を掴んだ手は、痛いくらいの力がこめられている。きっとアリスの肩には、痣ができてしまっていることだろう。
 でもその痛みが、今は不思議と怖くはない。その痛みが、ボリスの痛みなのだとわかってしまったから。
 ・・・・・・怖がっているのは、ボリスの方だ。

「・・・・・・は、ははっ。いいや、それでも。同情して傍にいてくれるってなら、好都合だよね。なんだったら、もっと怪我してこようかな。そうすれば、あんたはもっと同情して、俺の傍にいてくれるんだろ?」
「っ、ダメよ!!そんなの絶対許さないんだから!!」
「許さなくていいよ、別に。あんたが俺のこと許さなくても、嫌いになっても・・・・・・・アリスは、俺のものなんだから」

 再び、ボリスの表情から感情が抜け落ちる。
 冷たく笑ったその唇が、奪うように合わせられる。呼吸ひとつさえ零すことを許さないというような強引さに、アリスの意識がまた朦朧とかき乱される。・・・・・・惑わされてしまう。チェシャ猫は、人を惑わすのがとても上手い。


『好きだと、言ってやればいい』


 遠くかすんだ思考の果てで、誰かのアドバイスが思い浮かぶ。
 ちゃりっと聞こえた金属の音。手錠の擦れる音とは違う、もっと軽くて優しい・・・・・・ペアの、ブレスレット。
 ずきりと胸が痛んだ。握ったままだった。夢じゃなかった。
 ・・・・・・彼が渡そうとしてくれた想いは、今、アリスの左手に握られたままだった。


(でも、ナイトメア。やっぱりダメよ・・・・・・・私も、怖いもの)


 怖いのは、ボリスじゃない。彼の態度が怖いわけじゃない。彼の暴走した執着心が怖いわけじゃない。
 一番怖いのは、気持ちを伝えること。
 伝えて、受け入れてもらえなかった時、信じてもらえなかった時。
 ・・・・・・ほのかな希望が消えてしまうことが、きっと何より怖い。

 今更言えない、なんて。今更手遅れだ、なんて。
 結局はそれも、想いを伝える怖さから逃げ出すための、体のいい口実なのだ。


 お願いだから、誰か助けて。
 どうかどうか、踏み出す一歩を、きっかけを、与えてください。
 怖さを飛び越えてしまえる理由がなければ、きっと動けないままだから。


 体をなぞる指先に小さく震えながら、アリスはひたすら祈る。
 届くわけなど、聞き届けてくれる人などないと、諦めながら。





「・・・・・・そこまで気にするなら、最初からお前が動けばよかっただろう。本当に素直じゃないな」
「・・・・・・・・・」
「うっ・・・・・・・無言のまま平然と恐ろしいことを想像するな!!どうしてお前はそんなに無駄に怖いんだ・・・・・・部下もいないのに」
「部下がいないと何もできない芋虫とは違うからな。それに、今回私がお前にわざわざ頼んだのは、お前がお嬢さんと二人きりで会える確率が一番高い奴だったからというだけの話だ。普段は特に役に立つことのない能力なんだ、たまの見せ場くらい活用してみせろ」
「たまにとは何だ、たまにとは!!私は常に大活躍している!!」

 大人げもなく喚くナイトメアをちらりとも見ず、彼は手にしていたステッキをくるりと回す。
 夢の中の空間、アリスが去った後の境目のないその場所で、彼らは対峙していた。

「しかし意外だったよ、帽子屋、ブラッド=デュプレ。お前がわざわざチェシャ猫の贈り物を拾ってきた挙句、それをこっそりアリスに手渡してくれなどと頼みにくるなんてな」
「今回の一件は、私も無関係とは言えないものでね。まあ、随分な目に巻き込まれてしまったお嬢さんへの、せめてものお詫び、だよ」
「・・・・・・・白々しい。何を企んでいるんだ、そんな邪悪な笑みを浮かべておいて」

 呆れたようなナイトメアの言葉には答えず、ブラッドは口元を軽くつり上げた。
 退屈を紛らわすいい玩具を見つけた、とその笑みがありありと語っている。


「さて、と。それでは捕らわれのお嬢さんを助けにいくとするかな・・・・・・?」


 まるで散歩にいくような口調で、ブラッドはひどく楽しげな笑いを零した。





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